小売業におけるカスタマージャーニーをスムーズにするエンベデッドファイナンス(組込型金融)は、顧客のカート放棄を減らすだけでなく、チャネル全体のデジタルトランスフォーメーションを推進する上で重要な役割を果たす。
本記事では、世界の店舗型小売の二本柱である食料品小売と非食料品小売に焦点を当てる。世界市場における両チャネルの売上高は、2023年から2028年にかけての年平均成長率(CAGR)がわずか2%にしか達しないと予測されている。このことから、小売企業にはカスタマーエクスペリエンスの最適化、収益源の多様化、財務面でのパートナーシップ構築による業務効率の推進によって、競合他社との差別化を図り、成長の可能性を高めることが急務とされている。
世界のチャネル別小売売上高(2023年)およびCAGR(2023年-2028年)
食品小売業者:金融サービスを含むワンストップサービスで顧客との結びつきを強化
消費者にとって食料品は必要不可欠なものであり、それはつまり食料品小売業者が日常生活の要であることを意味している。高い購入頻度と消費額から恩恵を受け、消費者の職場や生活圏に根付いた幅広い店舗網を持つ食料品小売業者は、金融サービスを販売業務に組み込むことで、消費者のライフスタイルにより溶け込む機会を得ることができる。
2023年10月、スイスを拠点とする食料品小売業者Coop Genossenschaftは、スイスでAdditivなどのフィンテック企業との提携を通じて、モバイルアプリCoop Finance+を立ち上げた。CoopはCoop Finance+を、家計の支出を追跡し、支払いや貯蓄などのサービスにアクセスできる便利な単一のプラットフォームとして位置付けている。Coop Finance+は、Coopの既存のロイヤルティプログラムSupercardを補完するもので、Coop Finance Plusデビットカードで支払いをおこなう消費者は、ポイントを2倍貯めることができる。また、消費者はCoopのスーパーマーケットにて手数料なしで現金を引き出すことができるため、頻繁に店舗を訪れるようになる。
このプラットフォームは、Coopが顧客体験を向上させ、ブランドロイヤルティを高め、収益源を多様化するのに貢献すると見られる。Coop Finance+を通じて、Coopは小売業を超え、消費者の金融ニーズを満たすワンストップショップとしての役割を果たすことで、家計全体においてより大きなシェアを獲得することを目指している。
銀行の支店網とATM網の数は世界的に減少傾向にあるが(2023年から2028年にかけて、両者ともCAGRは世界全体でマイナス2%を記録すると予測されている)、高齢者層やデジタルに精通していない顧客の大部分は、セキュリティの観点から依然としてオフラインのやり取りを好んでいる
出所:ユーロモニターインターナショナル
一方、キャッシュレス決済はコストがかかるため、現金決済を好む中小企業(例:独立系駐車場、ウェットマーケット(生鮮市場)、小規模タクシーなど)も依然として存在する。オフラインの需要と供給のギャップに対応するため、コンビニエンスストアを運営するセブン&アイ・ホールディングスは、東南アジア(タイ、フィリピン、マレーシア)および北米(米国)の銀行をサポートすべくATMネットワークを拡大している。一方 、ネット銀行 (例:インドのエアテル・ペイメンツ・バンクなど)は、地方への進出を図るため、個人商店を代理店として活用している。
エンベデッドファイナンスの開発は、小売業界の中小企業の売上を向上させ、サプライチェーンを強化することにも繋がる。例えば、インドネシアで見られる家族経営の小規模な小売店体系ワルン(Warungs)は、同国国内の食料品小売売上高の大半を占めている。B2Bフィンテック企業であるToko Pandaiは、このワルンに対して、請求書支払いやローンなどの金融サービスへの便利なアクセスを提供し、店舗運営の規模拡大やキャッシュフローの管理を改善している。これは、ワルンのオーナー達の経営力を高め、自身との家族がより良い生活を送るために一役買っている。
非食品小売企業:安全な決済と、オンライン・オフラインを横断するシームレスなショッピング体験で売上を促進
インフレに伴う生活費高騰の問題により、消費者の裁量支出は引き続き制限されており、非食品小売業者の売上には悪影響が続いている。
商品テストにAR(拡張現実)といった斬新な技術を導入するなど、非食料品小売業者は消費者にシームレスな体験を提供することで売上を伸ばそうとしている。ユニファイドコマースソリューションでこれを実現するため、オランダのフィンテック企業であるAdyenは、2023年にアパレル小売企業のDecathlon Hong Kongと、2024年にはHugo Bossと提携した。また、NECの海外現地法人であるNECインドネシアは、現地のイオンモールを運営するAEON Mall Indonesiaと提携している。
東京・原宿に旗艦店を構えるスイス発のスポーツブランドOn(オン)は、レジ待ちの長蛇の列が購入の放棄につながるという別の懸念を解消するため、モバイルPOS端末をAdyenと契約した。モバイルPOSシステムにより、固定されたレジに限らず、店内のフロアで顧客の決済を可能にする。
世界のデジタル消費者のうち、顔認識を使ってよりパーソナライズされた体験を提供する店舗でのショッピングの方が好ましいと回答した人の割合(2021年 vs 2024年)
一方、TencentやNEC、2024年からMastercardと提携を開始したPayEyeなどのフィンテック企業は、顔認証から手のひらや虹彩認証へと生体認証決済の選択肢を広げている。これらの追加オプションは、顔スキャンに関する消費者の懸念に対処することで、高いセキュリティとパーソナライゼーションの実現を可能としている。
世界の様々な地域で事業を展開するHugo Bossのような小売業者にとって、市場をまたいだパートナー探しや契約交渉は容易なものではない。米国を拠点とする宝飾品小売の新興企業Mejuriにとって、自社の手動決済システムだけでは、自社の事業拡大のペースに追いかない。VisaやPayPalといった主要なグローバル金融機関は、これらのような複雑な問題を統合ソリューションによって解決している。
決済オプションの多様化=カスタマージャーニーの最適化
小売企業は、消費者に多様な支払いオプションを提供することで、他社との差別化を図り、コンバージョン(商品の購入)の可能性を最大限にまで高めることができる。そのためには、自社がターゲットとする市場の主要チャネルにおける支払オプションの割合、そしてブランドシェアをよりよく理解した上で、支払オプションを多様化するのに適切なパートナー企業を、十分な投資をもって特定する必要がある。例えば、2023年、ドイツではデビットカードと口座決済が個人決済取引金額の75%を占めた。また、インドではUPI(電子決済)が徐々に現金に取って代わる勢いを見せている。
主要市場における個人決済取引のオプション別割合(2023年)
同様に、小売企業は顧客が購買体験において苦労しているポイントを理解し、決裁体験を改善するために適切なフィンテックパートナーを特定する必要がある。例えば、中国の食料品小売業者Zhufuは、市場への導入スピードと現地での運営サポートを基準に、マーケティング、支払い、ロイヤルティプログラムの取り組みをデジタルで見直すため、国内のフィンテック企業Yeahkaと契約した。
「カスタマージャーニーおよびエクスペリエンスの向上」の実現が最重要だと回答した世界の小売業者の割合(2024年)
まとめ:的確な優先順位づけのための市場調査
結論として、エンベデッドファイナンスソリューションが小売業の変革をサポートできる領域は、シームレスな顧客体験、セキュリティ対策、多様な決済オプションなど複数に渡る。どの企業とであれば強力なパートナーシップを組むことができるか、そしてその優先度合いを判断するには、まず適切な市場調査を実施し、パートナーシップ構築による効果とその緊急性を明確にすることが不可欠である。
より詳細なインサイトについては、Embded Finance Ecosystem: Mapping the Path to Transformation of Goods and Channels Industriesをお読みください。