WWDC 2023で発表されたApple Vision Proは、コンピューター、そしてUX(ユーザー体験)の新時代を切り拓く起爆剤となるだろう。簡潔に言えば、この製品はコンピューター、テレビ、 AR/VRヘッドセットの機能をコンパクトかつスマートなデザインのデバイスに集約したもので、3,499米ドルという衝撃的な発売価格を妥当に感じさせるものだ。
PC、そしてそれ以上
この製品は、没入感とリアルな視聴体験を実現するため、 合計2300万ピクセルを詰め込んだ超高解像度ディスプレイシステムを搭載している。Apple Vision Proは現行世代のMacBookと同様のM2プロセッサを搭載し、最新のR1チップが12 個のカメラ、5つのセンサー、6つのマイクからのデータを処理することで、反応が早いスムーズな体験を提供する。
Appleは、世界初の空間オペレーティング・システムであるvisionOSを開発した。同システムは、Apple Vision Proユーザーがデジタル・コンテンツを簡単に利用できるように設計され、Appleのエコシステムとの相互運用性を確保している。
苦戦する黒物家電業界
1980年代以降、コンピューターにおける製品改良は主に、プロセッサの高速化・効率化、およびフォームファクタのスリム化・軽量化に限られてきた。言い換えれば、「革命(revolution)」というよりも「進化(evolution)」に留まる範囲だったということだ。PCにおけるイノベーションは、プロセッサはインテルとAMDに、OSはマイクロソフトに依存してきた。PCメーカーは売上を伸ばすことに苦戦し、需要の減退に対抗すべく、高価格帯のプレミアムモデルという新商品の発売に頼ってきた。
出所:ユーロモニターインターナショナル
また、テレビメーカーは、テレビ用ディスプレイパネルに多額の投資を行ってきた。例えば、Samsungは長年液晶テレビ(LCD TV)の開発にフォーカスしており、次世代と呼ばれる有機ELテレビ(OLED TV)は自社のみで開発をまかなえないことから、未参入の領域だった。しかし、市場の変化には抗えず、他社からのパネル調達に踏み切り、有機ELテレビの販売を開始した。各大手テレビメーカーが有機ELテレビに参入したからといって、LCDパネルが全てなくなるわけではないが、各メーカーは、量子ドットによる液晶テレビの画質向上や、ミニLED技術によるバックライトの再発明に、資金と開発資源を集中させている。
エコシステム
Apple Vision Proには様々なセンサーが使用されているので、手のジェスチャー、目の動き、音声コントロールによって、デジタルコンテンツと自然かつ直感的なインタラクションが可能だ。現在市場に出回っているAR/VRヘッドセット製品には、90年代を思わせるようなずっしりめなコントローラーが使用されているのを見れば、その違いは明らかだろう。
また、それらのヘッドセットのほとんどは、AR/VR専用に開発された、限られた数のアプリ/ゲームにしかアクセスできない。一方、Apple Vision ProはApp Storeのアプリと互換性があり、ユーザーはAppleの強力なエコシステムを活用することができる。さらにAppleは、Apple Vision Pro向けのAR体験を作成するための開発者向けツールをリリースしており、2024年の発売時には、Apple Vision Proの魅力はさらに増すと期待されている。
「1」は「1+1+1」より大きい
Appleが(コストパフォーマンスの高いという意味で)安価な製品を発売するとは誰も予想していなかったが、発表されたApple Vision Proの価格は騒ぎを引き起こした。しかし、同製品はこの種のものとしては初めてであり、Appleはデジタル・コンテンツとの接し方に革命をもたらすデバイスを生み出したと言えよう。他の電子機器と同様、技術が成熟し、より多くの消費者が製品を購入できるようになれば、価格は下がるだろう。また、他のメーカーも同様の製品を発売するようになり、競争が増大すれば、さらに価格が下がることが予想される。しかし、Appleには先行者利益があるので、価格競争に応じる必要はない。極めて重要なのは、Apple Vision Proが、コンピューター、テレビ、AR/VRヘッドセットの組み合わせ以上のものだということだ。Appleは、どのテック企業もなし得なかった新しいUXと新しい製品カテゴリーを作り出したのだ。Apple Vision Proには、その価格を支払う価値がある。